豊洲市場で寿司でも食うかと思い立ったとき

訪日外国人らが長い行列をつくっていた寿司大。英語圏からの客も多い店でした。前回に続いて英語の「ダイ」という言葉について調べてみると、「ダイ」には「サイコロ」以外に「金型」という意味があることに気づきました。寿司と金型といっても無関係のように思えるかもしれませんが、寿司職人が手で握って、カタチを整えて完成する寿司は、まさに金型から出てきたような正確無比な美しいたたずまい。ここが職人の腕の見せ所です。
 
製造業の世界ではアルミダイキャストという言葉をよく耳にします。溶かしたアルミ合金などに圧力をかけ、金型に注入して成形する方法です。同じカタチをしたアルミ製品を短時間に大量生産できるようにする革新的な製造方法だったようです。魚河岸の寿司屋も市場関係者の会合などの需要があって、出前を大量受注することがあります。ものづくりの世界と同じように、短時間で同じカタチの寿司を大量生産する技が求められるわけです。もちろん味にもムラがあってはいけません。
 
ダイキャストと聞いて思い出すのが「賽は投げられた」という話。シーザーがルビコン川を渡ってローマ方面に進軍したときに「The Die Is Cast !」と言ったとか。たぶん、英語では言っていないと思いますが、「サイコロ(ダイ)は投げられたのだから、ルビコン川の対岸に引き返すことはできない。さあ、勝負だぜ」という感じのことを言ったのだと想像されます。「キャスト」には「鋳造する」のほかに「投げ込む」「放る」という意味があることも思い出します。

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磨き上げられた金属のようにギラリと光る「しんこ」
豊洲市場で寿司でも食うか」と思い立ったとき「ダイは投げられた」という思いをする人も多いはず。寿司大に行っても、満席でしょうから、すぐには入れません。ほかの店を市場内で探さないといけないわけですから「ダイに放り出された」という心境でしょう。ほかにも行きつけの寿司屋がある人ならば問題ないのですが、ダイ以外の寿司屋の暖簾を初めてくぐる人は、ひょっとするとルビコン川を渡る思いなのかもしれません。「引き返すことはできない。さぁ、勝負だぜ」。
 
ちょっと肩の力が入りすぎました。豊洲市場内には、確か14店舗の寿司屋があるはずなので、初めて暖簾をくぐるといっても、高級店ではないのだから、気軽にサイコロを振る感覚で突撃すればいいと思います。勝負の結果、「ダメだ、こりゃ」という店もあるでしょうが、もちろん、大以外にも美味しい寿司が食べられる店もいくつかあります。
 
はじめにアルミダイキャストの話が出たので、最後はアルミではなく「寿司・ダイキャスト」の話に。寿司大の人気は味だけでなく、キャストにも理由があるような気がします。「キャスト」には「配役」という意味もあって、まさに、つけ場や厨房に配置されている職人軍団も魅力的ですね。寿司職人を風俗店のキャストみたいな扱いにするなと怒られそうですが、寿司大のキャストも行列を長くしている理由かもしれません。

豊洲市場の寿司は死ぬほどうまいからDieなのか

新型コロナウイルスの感染拡大危機によって、豊洲市場の飲食街でも客足がさっぱりというお店が増えているようです。そんな中で割合に元気なのが、水産仲卸売場棟の寿司大。豊洲移転後は築地市場の時代ほどではないにしろ、やはり魚河岸屈指の行列店のようです。コロナ前、行列を構成していた人の多くは訪日外国人でした。その意味では、大の行列に辟易していた人にとって、インバウンド需要が蒸発したコロナ時代はチャンスかもしれません。

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行列が長くない時代もあった寿司大(2006年撮影)

築地市場のときは「6時間待ち」の伝説もあった大。訪日客が「Die」という不吉な名前の店に、わざわざ喜んで並んでいたのが不思議でした。簡単な英語ではあっても、一貫ずつ丁寧に寿司ネタの説明をしていたので、単に美味しいというだけでなく、ホスピタリティの面でもポイントが高かったのかもしれません。ひょっとすると「Die」だけに「死ぬほどうまい」みたいなクチコミが訪日客に広がっていたのかなと想像しています。

英語に詳しい人に聞くと、ダイといっても即「死ぬ」という意味じゃなくて、「サイコロ」という意味もあるそうです。サイコロと寿司も何となく縁がある感じです。1の目は「ピン」。あとは、リャン、ゲタ、ダリ、メのジですね。寿司屋の符牒は寿司を食べにいかないと意識しないものですが、寿司屋の大将が「アナゴ、リャンね」と厨房に伝えて、煮アナゴの準備が始まる場面などは「きょうのアナゴはどうかな」とワクワクする瞬間でもあります。

大について英語で語っている人の文をよく見てみると、本当は「Die」ではなくて、「Sushi Dai」なんですけどね。まあ、そこは寿司だけに話の「ネタ」ということで。

築地と豊洲市場を結ぶ地下鉄

築地から豊洲市場まで地下鉄で――。かなり先の話なのですが、2040年ごろに実現するかもしれない地下鉄構想というのは非常に興味深いですね。築地の地元自治体、中央区が推進している「都心部・臨海地域地下鉄構想」のことです。この構想は銀座から築地、豊洲市場を抜けて、江東区有明東京ビッグサイトまでを結ぶ地下鉄(5駅)を整備するという内容で、都心と臨海副都心のアクセス改善を目指しています。

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出所:中央区都心部と臨海部を結ぶ地下鉄新線の整備に向けた検討調査報告書」

銀座駅銀座三越から近い三原橋のあたりにできるイメージです。もう少しギンザシックスに近い場所かもしれません。新築地駅築地市場跡地の再開発エリア内でしょう。波除神社に近いあたりです。勝どき・晴海駅の立地はちょっと微妙。中央区がまとめている資料では、勝どきと晴海の真ん中の運河の上に駅ができるような書きぶりです。現時点では両論併記のどっちつかず状態なのでしょうか。ただ、すでに勝どきには都営地下鉄の駅があるから、晴海の方にできるような気がします。

残りの2駅は江東区内に整備するという構想です。中央区が勝手に隣の自治体に駅をつくる構想の旗振り役になっているのですが、まあ、あくまで構想だから問題ないのでしょう。豊洲市場に近い新市場駅千客万来施設のあたりにできるイメージ。あるいは、もっと東京五輪の選手村に近い運河側かもしれません。終点の新国際展示場駅は文字通りビッグサイトのそばに整備されるのでしょう。

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豊洲市場の「千客万来施設」建設予定地。その先には選手村が見える

この構想がまとめれたのは2015年ごろ。その前の調査段階から国交省東京メトロもオブザーバーになっていたとはいえ、基本的には中央区が勝手に提示した「絵に描いた餅」だったわけです。ところが翌16年に交通政策審議会による国交相への答申が出ると、少し話は変わってきます。新銀座駅から地下鉄を北に延伸して東京駅までつなげ、さらには秋葉原を経由して常磐新線つくばエクスプレス)に接続したらどうか、といったことが書いてあったからです。

この時点では、地下鉄構想は中央区の単なる妄想ではなく、国交省も巻き込んだ形での検討項目ぐらいにはなったようです。そして昨年、東京都がまとめた「築地まちづくり方針」では、築地市場跡地の再開発エリアに「地下鉄の駅前空間」をつくる話が盛り込まれていました。東京都としても、豊洲市場まで2駅で行ける地下鉄の整備を前提とした築地再開発を考えているようです。

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再開発が計画されている築地市場跡地

それにしても豊洲市場の近くに地下鉄駅ができて便利になると、「豊洲は遠くて不便。だから近くの築地に」といった話は、その前提が変わってくることになります。今の築地は魚河岸が移転してしまい、さらに新型コロナウイルスの感染拡大危機にも直面して茫然自失の状態。地下鉄構想が実現するかもしれない2040年ごろまでに、築地はもっと新しい街の魅力を確立しておかないと、かつて魚河岸があった食の街といったブランド戦略だけじゃ、とても生き残れないという気がします。

豊洲市場に足りないもの

築地市場から豊洲市場への移転は完了したことになっていますが、市場内の飲食店を見てみると、「完了」とは言い難い気がします。移転から1カ月以上が過ぎても、なお入居予定のテナントが入っていないスペースが残っているからです。

最も気になるのは、水産仲卸売場棟にオープンするとされている寿司店「山はら」。海鮮丼が人気の「仲家」のお隣に入居してくる予定なのですが、今のところ、店はシャッターが閉じられたままで、張り紙による告知もなく、情報もなし。

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かつて築地で「山はら」と言えば、アンコウ鍋が有名な店でした。しかも魚河岸の中で夜間に営業をしていた異色の存在。レトロな雰囲気の座敷で、刺身や鍋を楽しめる人気店でもありました。ひょっとして築地市場がなくなるのに伴って閉店する「山はら」が寿司店として豊洲市場に登場するのかと期待してしまったのですが、どうも怪しい感じです。

「山はら」の店主の息子さんが経営している築地7丁目にある「築地やまはら」のホームページによると、父親も息子さんの店の運営に加わるようなので、どうやら築地市場内にあった「山はら」が豊洲寿司店として復活という話ではないもよう。

となると、豊洲にオープンする予定の「山はら」は屋号を引き継いだ別の店ということでしょうか。そういえば、築地市場内では、経営者が代わっても、そのまま店の屋号は引き継ぐということはよくあったようです。例えば、「寿司大」。今の経営者の前の経営者の時代も「大」だったそうです。以前の経営者が場外に出した店も「大」でしたから、築地に市場があったころは、場内の「大」と場外の「大」の区別がついていない人も多かったようです。

さて、「山はら」を名乗る新しい寿司店はいつになったらオープンするのか。築地に魚河岸があったころ、新しい寿司店をいくつか試してみた経験からすると、あまり味については期待できない感じもしますが、寿司店が高密度で集積する激戦区の水産仲卸売場棟の新規参入ですから、ちょっと気になってしまいます。

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管理棟に目を向けると、こちらにも移転が完了していない店がいくつかあります。案内板をみると、とんかつ「八千代」、天ぷら「愛養」、イタリアン「トミーナ」、中華「やじ満」、海鮮丼「丼匠」の5店舗が未入居となっていますが、実際には「八千代」、「やじ満」、「丼匠」は元気に営業していました。残るは「愛養」と「トミーナ」。果たして、いつ豊洲にやって来るのか。

このうち「愛養」は「寿司大」の行列に参戦したことがある人ならば、馴染み深い店でしょう。築地市場では、「大」のお隣にある喫茶店でしたから。コーヒーを飲んでくつろいでいる「愛養」のお客さんから「こいつら、何時間も並んでアホだなあ」と言わんばかりの視線を向けられたのも、よい思い出です。そして寿司を食べた後、「愛養」のミルクセーキを飲むのも楽しみでした。その「愛養」がなぜ、天ぷらなのか。これも業態転換ではなく、単なる経営者の交代と屋号の引き継ぎによるものなのでしょうか。謎が解ける日が楽しみです。

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一方、「トミーナ」は明快です。「11月オープン」と書いた張り紙がありますから、これを見る限り、きっと11月末までにはオープンしてくれるのでしょう。蟹のパスタ、海鮮ピザなどを再び味わえる日は近い。というわけで、「山はら」、「愛養」、「トミーナ」が出揃うと、魚河岸グルメの地図は完成です。

豊洲市場、異常な行列は減ってきました

豊洲市場の飲食店街は最近やっと落ち着いてきたみたいです。10月の移転直後は観光客が押し寄せ、大混雑。お目当ての店がダメだから「きょうは別の店にするか」といった選択肢すらないほど、どの店にも長蛇の列ができていました。でも、移転から1カ月が過ぎ、いまは一部の超人気店を除けば、長い行列はありません。適度な混み具合ならば、ストレスを感じることなく、街歩きも楽しめるでしょう。

豊洲市場は旧築地市場から東南方向に3キロほど移動した場所にあります。築地からは、このほど暫定開通した道路「環2」を通り、クルマで約5分ほど。途中の信号はオリンピック選手村建設予定地の交差点しかないので、渋滞がなければ、すぐに到着です。この距離感ならば、築地場外市場を散策した人が「気分を変えて、ふらりと豊洲市場に行ってみようかな」とタクシー(料金は1200円ほど)で移動するのもありかもしれません。

築地市場にあった「魚がし横丁」は飲食・物販店が軒を連ねる昭和な雰囲気の商店街でしたが、豊洲への移転に伴い、「解体」されてしまいました。豊洲市場にある「魚がし横丁」は物販中心。寿司、海鮮丼、喫茶などの飲食店は分離され、しかも市場内の3カ所に分散されています。

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3カ所の飲食店街のうち、メインと位置付けられるのが、6街区の水産仲卸売場棟です。築地の魚河岸で最長の行列を誇った人気店「寿司大」、築地1号店で有名だった牛丼の「吉野家」、築地時代からの老舗インドカレー「中栄」などが集積しています。有名店がそろっているエリアだけに、移転直後、仲卸売場棟の3階フロアは身動きもままならぬほどの混雑ぶりでした。

移転から1カ月ほどが経過した現在、喫茶店の「岩田」、「センリ軒」の前に行列はなし。1万円のおまかせコースのみで勝負することになった和食「高はし」も行列なし。昼前に受付終了となっている「寿司大」にも、築地時代のような行列はありません。老舗の「鮨文」、海鮮丼の「仲家」といった人気店には行列ができていますが、それでも移転直後ほどではない印象です。

これは7街区の管理施設棟も同じ。寿司店の「やまざき」「市場すし」「龍」などは、いずれも行列なしでした。「やまざき」は築地市場の時代に喫茶店から寿司に参入したチャレンジ店。ただ、当時は行列店の双璧だった「大和」と「大」の間に挟まれた立地がなんとも気の毒な印象でした。いまは施設管理棟のエントランスからは最も近い好立地を確保しているので、7街区の寿司店の筆頭格を狙えそうです。

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5街区の青果棟の顔といえば、やはり「大和」。屈指の人気を誇る寿司店です。メインとされる仲卸売場棟の飲食街から離れた場所に立地することになり、集客に苦戦するとの見方があったようですが、入店を待つ人々の群れを見る限りは心配なさそうです。路面店になっていて、屋外に行列ができる風景は旧築地市場の時代から変わりません。大和の特徴はガツンとくる大ぶりな鮨ネタ。銀座で出てきそうな端正な鮨とは異なる魚河岸の鮨としての魅力は豊洲市場に移っても変わらないでしょう。

3カ所に分散した飲食街の混雑は緩和されてきたとはいえ、混雑状況は時間帯によって異なるはず。ランチタイムのど真ん中ならば、やはり、それなりの行列は覚悟する必要があるでしょうし、年末になれば、状況は変わると思います。築地市場の時代も年末は通常の3割増しぐらいの混雑を覚悟する必要がありました。さて、今年の師走はどうなるのか、ちょっと気がかりです。